負けを知らない子

 その子は、負けそうになるとすぐにウィンドウを閉じていた。

 ゲームでは負けそうになればすぐにリセットしたりウィンドウを閉じたりし、議論で負けそうになれば「お前らみたいな低脳とは付き合ってられない」と勝手に勝利宣言をして掲示板やコメント欄から逃げ出した。

 その子は負けを知らなかった。いや、負けを認めなかった。常に自分は人より優秀で、ネットの中では王様でいられた。いや、いるつもりだった。

 転機は突然に訪れる。

 中学3年の時、その子は目標としていた市内一番の進学校への受験を考え直すよう担任から説得された。学力が足りなかったのだ。学校で一生懸命勉強した。塾も通った。それでも届かなかった。その子にとって初めての敗北だった。

 しかしその子はそれを負けと認めなかった。次の日からその子は目標としていた高校の悪評ばかりを掲示板に書きなぐるようになる。麻薬やってるやつがいる、盗撮で捕まった教師がいる、進学校とは名ばかりで教師のレベルが著しく低い・・・思いつく限りの罵詈雑言をインターネット上に残していった。

 その子は負けたくなかった。自分の行く高校が一番だと思いたかった。下に見られたくない、勝ちたい。その思いが彼を突き動かしていた。

 春、桜の花びら舞う頃、その子は高校浪人が決定した。